固い座席のアームレストを枕にまったく熟睡できぬままタイ鉄道北部線の夜行列車は翌朝チェンマイ駅に到着した。
駅を出ると出待ちをしていたとあるトゥクトゥクに口説き落とされ、チェンマイのメインスポットである旧市街に向かってもらった。
チェンマイ。四方を2000m級の山々に覆われたタイ北部最大の都市であり、静粛で歴史深い古都。寺院も多くその街の風格から日本では「タイの京都」とも言われている。ほぼ正方形の堀で囲まれた旧市街はチェンマイの中心地で活気に満ちているもののバンコクをはじめ南部地域に比べると比較的ゆったりとした時間が流れている。
3年前にタイに足を運んだ時はパンガン島で連日パーティーアニマルと化していたこともあり、今回はここチェンマイをはじめとする北部エリアでのんびり過ごす事を僕は楽しみにしていた。
トゥクトゥクは僕を旧市街城郭にある5つの城門のうちの一つ、ターペー門で下ろしてくれた。レンガ造りの門をくぐり旧市街に入ると僕はいつもの癖で人気(ひとけ)のないさびれた裏路地に吸い込まれるように入っていった。するとすぐにV.I.P.Houseという名のゲストハウスが左手前方に見えてきた。
VIPらしさを全く感じさせないオンボロな外観、もちろん料金もノンVIP、トイレシャワーは共同だがツインルーム/Wi-Fiフリーで一泊破格の150THB(約420円)。北部エリアは物価自体も南部より多少安いらしい。僕はこのV.I.P.Houseで3日間滞在する事に決めた。部屋は一人では持て余すほど広くツインベッドも無駄にゴージャスな気分を味わせてくれる。しばらく寝転がりながらMacを開いてネットサーフィンしていると僕はふとお腹が減っている事に気がついた。そういえば昨晩の列車の中で支給されたロールパンを最後に今日はまだ何も口にしていない。
チェンマイのグルメ情報をググってみると「カオソーイ」という名のタイ北部の郷土料理がずらりと検索結果一覧に並ぶ。
一言で言えばカレーラーメン。ココナッツミルクをふんだんに使ったカレースープにゆで麺に鶏肉、野菜がはいっており、カラッと揚げた麺がその上にトッピングされている。ココナッツミルク好きの僕にはかなり気になる一品。たちまちお腹と頭がカオソーイでいっぱいのパブロフの犬になってしまった僕はさっそくフロントのオーナーにオススメのお店を聞いてみることに。するとオーナーの女将さんは「ラムドゥアン」という創業60年以上の老舗の有名店を教えてくれた。旅人はもちろん地元民の舌をうならせる老舗中の老舗。ここ旧市街から新市街方面に徒歩で約1時間ほどの場所にあるらしい。トゥクトゥクかソンテウ(※乗合タクシー)でいったほうがいいと女将さんは言っていたがもちろん僕はお決まりのスケボーで向かう事にした。
旧市街はもちろん周辺地域も交通量は多く、無免許運転当たり前の粗悪な交通マナー、そして整備の行き届いていない古いアスファルトはまったくスケボー移動には向いてはいなかった。結局ほとんど歩るく羽目となり一時間近くかかってようやくお店に到着した。いびつなカタカナで「カオソーイ ラムドゥアン」と書かれた看板からも日本人旅行者の人気の高さを伺えたが、その時の客のほとんどは地元民だった。
はじめて食べるカオソーイは「最高」の一言。これまでタイ料理ではグリーンカレーがダントツのNo.1だったがカオソーイはあっけなくその座を奪ってしまった。ココナッツミルクが効いたコクのあるスープに二種類の麺が入ったカレーラーメンは中毒性がありそうなほど美味い。その後チェンマイ滞在中、僕はここラムドゥアンをはじめ様々なお店でカオソーイを食べまくった。
腹も満たされ帰り道は散歩がてらのんびりとゲストハウスにもどると僕は兼ねてから楽しみにしていた寺院巡りの計画を練る事にした。チェンマイには約300もの寺院があり、堀に囲まれたここ旧市街の中だけでも120を超しているらしい。さすがに全部を見て廻る事もできないがフロントにおいてあった旧市街マップに掲載されている有名寺院十数カ所を廻れるだけ廻ろうと僕はスケボー片手にゲストハウスを後にした。
チェンマイ到着時に降っていた雨はすっかり上がっていたが、今度はジリジリとした力強い太陽が体の水分を奪っていく。ちょうど雨期の終わりを迎えていたチェンマイは多少ジメジメと蒸し暑かったもののバンコクやマレーシアに比べれば格段に過ごしやすい。とはいえ、長時間日にさらされるとだんだん意識がもうろうとしくる。移動しながらふと目に留まったとある出店の冷蔵庫の中のビール。キンキンに冷えていそうなそれは僕の大好物の“シンハー”だった。
思わず手に取り、支払いを済ませると僕は店の椅子にどんと腰を下ろした。おもえば東南アジアへやってきてからは慌ただしい移動が続きゆっくりとビールを飲む時間も取れなかった。久しぶりのアルコールに胸が躍る。
「プシュッ」
栓抜きで王冠を外す瞬間の至福の音にテンションもアガる。
天気も快晴、のんびりとした午後のチェンマイ。寺院巡り前の男の一杯。
久しぶりに口にしたビールは最高だった。全身の力が抜け、意識もろとも一気に椅子に沈み込んでいく。
脳内で急激に広がっていくアルコールエフェクト。久しぶりに呑んだせいもあってアルコール耐性がリセットされていたらしい。“酔い”の感覚はすぐに全身を駆け巡り、思考回路が徐々に変化していく。
”なんだかすべてがどうでもいい”
なにもかもが面倒くさく感じられる。ここでこのままずっとダラけていたい。これから楽しみにしていた寺院巡りに向かうというのに。
どうやらやりたいことや目的がある時に酒は呑むもんじゃないらしい。気持ちが雑になり自分を真芯で捉えられなくなる。オーストラリアで受けた10日間のヴィパッサナー瞑想でアルコールが禁止されていたのはこの事だったのか。はたして今の自分に酒というものは本当に必要なのだろうか?
徐々にこの地に足の着かないような心地のよい”酔い”の感覚もなんだか急に安っぽく感じてくる。
この事がきっかけで僕はその後酒をやめた。この旅から一年が経ち、こうして旅の記録を執筆中の今もそれは続いている。日本ではどうしても人や社会でのコミュニケーションで「飲み会」というものが必須ファクターとなりがちだが、僕は呑んでも最初の一杯くらいでそれ以上の欲求は湧いてこない。適度な酒は体にいいと言われるが多かれ少なかれアルコールが体に与える負担はこの体が僕に教えてくれる。
もちろん酒自体は嫌いではないし否定している訳でもない。日本固有のカオスなストレス社会の中でそれを忘れさせてくれる一つのアクティビティであるという事もわかるし、呑めば旨いと感じる。友人と過ごすそんな時間もかけがえのないものだが、ぼくにはもうアルコール効果は必要がないのだと思う。外部からかかるストレスに左右されない自分を保持できれば精神的バランスを保つ為の飲酒は必要なくなる。シラフの方が人生は何倍も楽しい。自然とそう感じるようになっていったのだった。
その後僕はふらつきながらも日が暮れるまで旧市街寺院マップ片手にスケボーで寺を廻り続けた。最初の方はその風格ある寺の佇まいに感動の連続だったが5軒6軒と廻っていくうちに建築様式のほぼ変わらない似たり寄ったりな寺院に徐々に倦怠感を覚え、そこに疲労感もプラスされてくるとマップに記された残りの寺数をムキになって減らしていくという当初の目的を完全に見失った見当違いな寺巡りになってしまった。
その夜、僕は酔いまかせの無謀な弾丸寺巡りで疲れ果てた体をゆっくり休めようとベッドの上で横になっていたが、チャンクラーン通りで毎晩開催されているというナイトバザールが気になってつい出かけてしまった。
ゲストハウスから徒歩で約30分と、けっして近くはない距離だったが、行ってみるとTシャツなどの衣類から銀細工、アクセサリー、様々な手工芸品が歩道両側に所狭しと設営された露店にずらりと並び、なかなか見応えがあるものだった。ツーリストが多く活気づいているのはカオサンロードと同じだがやはりどこかのんびりとした雰囲気がここにはあって、マレーシアのコタバルほどではないが強引な客引きもなく廻っていて心地がいい。
おみやげ品には興味はないが昼間のスケボークルージングでほとんど空になっていた胃袋を満たすべくフードコートを物色しているとそこにはまたもカオソーイが。一片の迷いもなく即注文、あっという間にたいらげると同じ店でグリーンカレーも売られている事に気づいた。自分的タイ料理ランキングでNo.2に降格してしまったグリーンカレーだったがここはやはり食べておかなくてはと再び注文すると、まだ食うのかと言った感じでカレーをよそってくれる店のおばちゃんとその後すっかり仲良くなった。カオソーイとグリーカレー。2つあわせても日本円でたったの180円。東南アジアの料理は旨い上に安い。食べ過ぎに注意していかないと簡単に肥満化していってしまいそうだ。
店のおばちゃんと雑談しながらグリーンカレーを食べていると隣の席で座っていた白人が声をかけてきた。彼の名はクリス。オーストラリア人だ。久しぶりのオージーに僕のテンションははねあがりこれまでのオーストラリアの旅話を彼に話した。
クリスはもう何年もここチェンマイに住んでいるらしい。流暢なタイ語で店のおばちゃんと会話している。ビザや仕事に関しては公には言えないようなやりくりをして長期滞在しているそうで、相当ここが気に入っているようだった。
宴もたけなわになってくると、クリスは「いっぱい付き合えと」僕をBARに誘ってきた。禁酒を決め込んだばかりだったが、せっかくの出会いと彼の好意についていくことにした。
ちょうど新市街と旧市街の間くらいにあるブルーやピンクの怪しげな照明が灯る騒がしいBAR。クリスは常連のようだった。彼はそこに溜まっていたイケイケなタイ人ギャル達を巻き込んでビリヤード勝負をしようとふっかけてきた。
クーランガッタのシェアメイトだったクレイグがそうだったように酒もビリヤードも国民気質的に強いオージーに勝てる訳はなかった。酒は浴びるように呑まされ、負けるごとに酒を奢らされ、意識が朦朧とする中このチェンマイ初日のアングラな夜は過ぎていった。
翌日昼近くに目が覚めると思った通り酷い二日酔い。とりあえず僕はフロントにコーヒーをオーダーしにいった。半分死人のような状態でぼーっとロビーのソファーで座っているとどこかの部屋からドライヤーの音とともにJ-POPな鼻歌が聞こえてきた。
本人は聞こえてないつもりらしいがV.I.P.Houseの壁は薄い。長時間かけ続けるドライヤーの音にその場にいた従業員、そしてオーナーの女将さんが徐々にピリついてきているのがタイ語のわからない僕にも伝わってくる。
ようやくドライヤータイムが終わり部屋から出てきた彼女はやはり日本人だった。まさかこんな路地裏のボロゲストハウスで日本人と出会うとは思っていなかったのですこしうれしかった。出てくるなり女将さんはドライヤーのかけ過ぎを彼女にねちっこく注意をしている。コーヒーを飲みつつその光景をぼーっと見ていると彼女は僕に気づいて笑顔でこっちにやってきた。僕らは互いに挨拶と簡単な自己紹介を交わした。
彼女との出会いをきっかけに僕はこの一年間の旅で初ロマンスを経験することになろうとはこの時は想像もできなかった。










